解決の近道「誠意を尽くして話し合うこと」
問題社員との問題を解決にするには、やはり初めは、「誠意を尽くして、当事者間の話し合いで決着を目指す」ということにつきます。やはりこれが、影響を最小限で解決するためには最善の方法だと思いますし、それが会社としてのモラル、トップとしての責任だと考えます。
これを前提に、「退職する意思はないか?」とお話しすることを、「退職勧奨」と言います。会社が退職勧奨をするには一応、その理由は問われません。法的には、『社員との合意』によって完結するものです。もし話し合いで解決するというのであれば、それがお互いにとって、ベストだと思います。専門家など出てくれば、少なからず角が立ちますし、大小あれどコストも発生します。
しかし安易な気持ちで退職勧奨を行った結果、本人が自殺してしまったケースも、レアケースですが存在します。一度採用を決めた社員ですし、内情を知らない他の社員への影響など、多角的な影響を考慮しなければ予想だにしないリスクもあります。相手に対して誠意と尊敬の念を持って、当たらなければなりません。
また、会社が「退職勧奨を行うデメリット」も存在します。それは、「退職してもらいたい」という意思が相手に伝わることになりますから、これをきっかけとして、合同労組や弁護士などの外部機関に相談、加入や依頼するリスクが増すことになります。
もちろん外部機関に相談や加入することが悪いことだとは思いませんし、このような機関の力を借りないと解決できない場合も多くあります。しかし直接、腹を割って話せる場面が少なくなるため、解決まで遠回りになってしまうこともあります。
「退職勧奨が法的に自由なら、どんどんやろう」といった安易な発想は非常にリスクを伴いますし、社内的な同義的責任について本当に果たせるのかと思います。「問題の本質は何か?」「会社側に問題はないか?」「解決するために何ができるか?」をよく考えた上で相手の意思をしっかり聴くことになります。
『退職勧奨』とは
退職勧奨は、合意によって雇用契約の解消を促す行為です。会社は、法的には退職勧奨を自由に実施することが可能です。特に、人員削減を目的とした場合、合意に基づく退職を目指しているため、整理解雇のための厳格な四つの要素を満たす必要はありません(参考裁判例: ダイフク合意退職事件、大阪地判平12.9.8 労判798-44)。
退職勧奨の特徴は、希望退職の募集が労働者の応募を受け身に待つのに対し、退職勧奨では労働者に積極的に退職の理由を提供する点にあります。さらに、退職勧奨は希望退職の募集と異なり、労使の慣行や判例においても、整理解雇の際の解雇回避努力としては認識されていません。
労働者に積極的に退職を促す場合、採用される手段や方法が社会的に受け入れられる範囲を超えてしまった場合、不法行為と見なされ、損害賠償や慰謝料の請求対象となるリスクがあります。この点において、退職勧奨の実施には注意が必要です。
問題のある退職勧奨とは?
退職勧奨が問題視されるケースについて、以下のように概説できます。
1. 強要や脅迫、暴行、長時間の監禁、名誉毀損行為などが行われた場合
退職勧奨の面談を過度に行い、特に面談時間が不当に長引かせるなど、刑事事件に匹敵する行為が伴った場合、これは違法な退職の強要と見なされ得ます。これには損害賠償の請求が伴うことがあります。例えば、全日本空輸事件(大阪高判平13.3.14 労判809-61)では、このような状況が違法行為として扱われました。本件の退職勧奨は、面談の頻度、時間の長さ、上司の言動から、社会通念上許容しうる範囲を超え違法な退職強要であり、不法行為に当たるとし、慰謝料額80万円としました。
2. 執拗に退職を迫った場合
直接的な強要行為がないにしても、退職を何度も強く迫る行為も問題となります。例として、約4カ月間に13回にわたる退職勧奨が行われたケース(下関商業高校事件、最判昭55.7.10)では、慰謝料請求を容認しています。
3. 業務命令による退職勧奨を行った場合
業務命令を用いて退職勧奨を行うことが違法とされた事例も存在します(鳥屋町職員事件、金沢地判平13.1.15 労判805-82)。このケースでは、「業務命令による」という表現が問題となり得るため、トラブルを避けるためには、不適切な通知方法や表現に注意する日必要があります。
4. 近親者を介しての退職勧奨
退職勧奨は通常、会社の上司が行うべきであり、身元保証人や近親者を介して行うことは適切ではありません。これは、社会的相当性を逸脱する行為と見なされ、違法とされる可能性があります。鳥屋町職員事件では、退職勧奨の手法として、近親者の介入を不適切と判断しています。
これらの点において、退職勧奨は非常に慎重に行う必要があり、法的及び倫理的境界を逸脱しないよう注意が必要です。地方企業や団体も、これらの要点を留意し、適切な手法を選択することが推奨されます。
退職勧奨実施7つのポイント
1. 勧奨する上司は1人または2人とし、自由な意思を尊重できるような雰囲気で行う。
面識のある上司を含み、管理部門あるいは役員の合計2人程度で行うのが無難です。相手の話しやすさにも配慮に加え、1対1で感情的にならないことと、言った言わないの議論にならない点を意識してのポイントです。
2. 時間は30分間程度とし、就業時間中に行う。場所は会社施設とする。
会社の会議室などで行い、就業時間中に30分程度を目安とします。
3. 自宅へ押しかけたり、電話するなどの行為は特殊事情がない限り、避ける。
社内での退職勧奨を拒否されたとしても自宅への訪問や、電話をするような行為はしないように注意します。
4. 回数は、週に最大2回までを目安として実施する。
いくら回数制限なく法的には自由に実施できるとはいえ、回数は多くても、一週間に2、3回程度までとします。必要以上に複数回、さらに長時間に渡って退職勧奨をするなどして退職を強要した場合は、退職自体が無効となり、不法行為で損害賠償の対象ともなる例もあります。
5. 退職上積金、再就職支援金等の上乗せ条件を事前検討し提示する
退職勧奨に際しては、単に会社都合による退職金の支給だけではなく、追加の退職インセンティブとして上乗せ金額を提示することが一般的ですし、交渉を着地させる材料となります。「誠意を金銭でも示す」という事です。
金銭の追加支払いは法的なものではなく、必須ではありません。しかし、退職勧奨を職勧奨の動機付けを行うのが使用者側であるため、退職金の支給条件としては、退職金規程が存在すれば、一般的に増額となっている会社都合退職金とした上、さらに上乗せして支払いを提示する事が交渉材料となります。
また、交渉時の説明として、退職勧奨の結果として雇用保険の取り扱いがどうなるのか、例えば会社都合による場合の7日間の待機期間や自己都合による90日間の待機期間が適用されるのかについても、明確に説明しておくことも肝要です。
6. 価値観は金銭?キャリア?メンツや感情?
前述5の金銭が誠意と矛盾するようですが、価値観は様々です。経営はキャッシュフローが命などと言われていますが、この感覚がすれば「金銭を多く積めば解決する」という判断基準になりやすいのは理解ができるものです。
しかし、人の価値観は様々であり、金銭だけを目的に、その職業や状況を選択したわけではない人も多く存在します。
そんな価値観の方に、いくら金銭を積んでも効果は薄く、むしろ火に油を注ぐ事だってあります。
つまり、「価値観を理解する」ことが重要ポイントの一つなります。退職勧奨は進まない場合、どのような点が解消されれば双方がリスタートを切れるのか、リスタートを切る気は一切ないのかを確認していくことが肝要です。
① キャリア継続が重要な場合
「再就職支援期間の設定」を検討します。具体的には数か月間、賃金は支払いしつつ、自由に再就職活動を行って良い条件の打診です。形式的にはなってしまいますが職務経歴上、空白期間を作らずに再就職活動に専念できます。
ただ、永遠とは行きませんので、しっかり、退職日やその期間を合意した上での再就職支援期間をスタートさせることが前提です。
会社から職業紹介会社へ繋げることもオプションとなります。
② 社内メンツが重要な場合
個人的にはあまり理解が及ばないのですが「社内で私が問題を起こしたみたいな様相で退職するのでは許せない。だから応じない」といった価値観の方がいます。こういった場合には、どのような形ならば許容を頂けるかを確認していくことになります。
ここで問題になるのが「一定期間は社内に存在する点」が議論になります。つまり、会社からのプッシュで合意退職となっている中、社内の情報にアクセスできる状態になることを懸念されます。個々人の性格に寄るところですが、一般論としては懸念されるところです。
まずは「物理的に会社の機微情報から引き離せるのか?」を検証します、単にできるかという点だけではなく、ご本人も了承いただけるかを確認していきます。テレワークが可能で了承いただけるなら、これが選択肢となり得ます。
それが困難であれば、リスクを容認するかの天秤となります。疑い始めたらキリがない一方で、機微情報から物理的に引き離すことが最大のリスク対策となります。
③ 感情が重要な場合
最も、退職勧奨が合意に至りにくいパターンです。会社側の譲歩や動きによって結果のコントロールが及びにくいのが、その理由となります。
この場合は、まず前記1から3までといった退職条件や環境について議論するのではなく、そのような感情に至った経緯や解消できる方法を議論していき、解消が可能なのか、解消が難しいのかを検討協議していくことになります。
会社側の理論だけで押し切ろうとするのは、最もやってはいけないことです。
この時点では合意に至らず、様子を見たり、明らかに問題がある場合には懲戒処分というイエローカードで終了となる事も多いです。
7. 礼儀を忘れない
特に年齢的に上の人であれば、礼儀を欠いてはなりません。「問題社員を意地でも退職させなくてはならない」という思いから、まさに意図せず『鬼の形相』になっていることもあると聞きます。 こうなってしまうと、余計に感情的な対立を生むだけですから、悪いところははっきり言いますが、理解も示す姿勢で冷静に一定の理解を得る話をしていきましょう。
ビジネスとして常識的な対応をするということです。信頼関係の中で解決するのが基本姿勢になるので、相手に対しての「誠意」は忘れないでください。
会社の事前チェックポイント
退職勧奨を行えば、退職してほしい意思が伝わりますので、結果がどうあれ関係性が割れるスタート起点とも言えます。つまり、退職勧奨を実施する会社側にも指摘を受ける形式実態がないか、退職勧奨を社員には契約違反だといっておきながら、会社がルールや契約内容を守れていない事が多くあります。社員と会社との関係は、所詮は「契約」で成り立っていますから、まずは契約内容を確認する必要があります。チェックポイントは、以下です。
- 約束した契約内容に反するような行為があるか?
- 就業規則の解雇などの条文に該当する行為はあるか?
- 入社時に契約内容を確認しているか?それを確認できる契約書などの書類はあるか?
- 就業規則は、適正に周知しているか?社長や総務部長のデスクの中に眠ったままではないか?
退職勧奨を契機に、関係性が割れてトラブルになってしまい、代理人等が付けば、必ずと言っていいほど指摘を受ける点ですので、事前に把握しておく必要があります。
裁判例に見る退職勧奨
退職勧奨の方法が違法であるとして不法行為に基づく損害賠償請求が提起された事例
最近の裁判例で、退職勧奨の方法が違法であるとして不法行為に基づく損害賠償請求が提起された事例があります。(エールフランス事件 東京高判平8.3.27)この事例は、航空会社の空港支店で働いていた従業員が、希望退職の募集に応じなかったため、会社側が行った一連の行動に関するものです。従業員に対して退職を促す目的で、職務内容の変更や、退職勧奨時の組合委員長らによる暴力行為などが行われました。裁判では、これらの行為に対して会社の損害賠償責任が認められました。
問題となった職務内容の変更は以下のとおりです。
- 1. 希望退職に応じなかったため、従業員を個室部屋に移し、会社再建に関するレポート作成を指示。この状態は約2カ月間続き、侮辱的な言動も伴いました。
- 2. 遺失物係に配置されたものの、実質的な仕事を与えられなかった。
- 3. 統計作業のみを行うよう命じられ、実質的な業務価値が低い作業に14年間従事させられた。
裁判では、これらの措置が行き過ぎたものであり、不当な差別と判断がなされています。結果として、暴力行為に対する損害賠償として総額200万円、職務差別に対するものとして100万円の慰謝料が認められました。また、この裁判では、相手方の同意なしに録音されたテープの証拠能力についても議論され、最終的にその証拠能力が認められています。
退職勧奨の適法性に関する重要な判例
次に、「下関商業高校事件」(最高裁昭和55年7月10日判決)は、退職勧奨の適法性に関する重要な判例です。
この事案では、昭和45年に地方公共団体の一部である下関商業高等学校の講師であるX1と教諭であるX2が、教育委員会によって退職勧奨の対象として選ばれました。目的は教員の新陳代謝を促進し、適切な年齢構成を維持することだったようですが、X1とX2は退職勧奨に応じませんでした。
その後、教育委員会は数ヶ月にわたり何度も退職勧奨を繰り返すこととなります。X1は約4ヶ月間で11回、X2は約5ヶ月間で13回の勧奨を受けました。この行為は、前年度の2、3回と比較して極めて執拗であり、期間も長かったため、退職勧奨の許容限界を超えていると判断されました。さらに、教育委員会は勧奨が継続されることを示唆し、X1とX2に心理的圧迫を加えました。
最終的に、判決は、教育委員会の行為が退職勧奨として許容される限界を超えたものであり、不当な差別的行為と見なされたため、X1とX2の慰謝料請求を認めました。また、判決は、退職勧奨は雇用関係の者に対して自発的な退職意思の形成を促すための説得などの事実行為であるとし、法律に根拠を持つ行政行為ではなく、単なる事実行為であると明確に述べています。この事案は、退職勧奨の実施において適切な手法と限度を明確に示しています。
まとめ
退職勧奨は、社内調整や人員削減の手段として企業においてしばしば採用されます。しかし、その実施には慎重な対応が必要です。
「退職勧奨は自由にできる」という判断基準は正解のようで不正解です。脅迫的なのは論外ですし、より大事なのは「道義的な理由」です。
なぜなら、退職勧奨を行えば、辞めてもらいたい意思が伝わり、結論はどうあれ、受けた側のモチベーション回復は難しいため、関係性は割れますし、組織にも漏れていきます。理由は事実上必要と認識する必要があります。
その上で、適切な退職勧奨には、法的にも倫理的にも受け入れられる範囲内で行われるべきです。重要なポイントは以下の通りです。
1. 誠意ある対応
対話を通じて相手の意見や状況を理解し、誠実な姿勢で解決策を模索することが重要です。安易な勧奨や、一方的な圧力は避けるべきです。
2. 法的枠組みの理解
退職勧奨は法的に自由に行えますが、その方法や手段が社会的に受け入れられる範囲内に留める必要があります。不法行為に該当するような強要や暴力、心理的圧迫は明確に避けるべきです。
3. 裁判例からの教訓
過去の裁判例、特にエールフランス事件や下関商業高校事件などは、退職勧奨の適切な範囲と方法を示しています。これらの事例から、過度な圧力や不当な差別、心理的圧迫が法的な問題となることを学び、適切な手法を選択することが重要です。
4. リスク管理
退職勧奨には、相手に対する「誠意」の欠如が逆効果を招くリスクがあります。会社側の動機や方法が不適切であると判断された場合、慰謝料の支払いや社内外での評判損失など、予期せぬリスクを引き起こす可能性があります。
5. 人間性への配慮
労働者との関係を尊重し、彼らの立場や状況を考慮することが不可欠です。退職勧奨を受ける側の感情やキャリアへの影響を考慮し、尊敬と配慮をもって接することが求められます。